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回避無宿

あと、2つ

おー!

今回は、F1とミニカーのお話なのですけど、時間がないのでいつものように掘り下げずに、スルっといっちゃいマスよw

先日、ワタクシがwebで購入したミニカー ↓ ↓ ↓
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我がスクーデリア・フェラーリの地元イタリアでは、日本で言うキオスクなんかで売られている、所謂スポーツ新聞【ガゼッタスポルト】の別冊版で、1/43スケールのミニカーがオマケで付いてる雑誌【フェラーリF1コレクション】より、1986年型F1-86 ステファン・ヨハンソン

ヨハンソンさんは、フェラーリ在籍は'85~'86年の2年でしたが、'85年の開幕戦を、フェラーリに乗って4位で終えたフランス人ドライバー=ルネ・アルヌーさんの、F1史に残るナゾの解雇事件のあと、第2戦からフェラーリのピロータとしてマラネロに迎えられた、現在までワークス・フェラーリ・フォーミュラ・ウーノの唯一のスウェーデン人ドライバーですヨ。

フジTVがF1中継を始めた頃、ファンの間では評価が最悪だった古館アナウンサーが、

「通せんぼジジイ」

とかあだ名を付けたのが、上述のアルヌーさんでしたナw

やれやれ、、、

でも、オールドファンには、ジル・ビルヌーブのフェラーリと歴史に残るドッグファイトを演じた、'79年のフランスGPの2位争いでの、実験作ルノー・ターボを駆ったアルヌーが基本なので、古館アナが嫌われるのは仕方ねーのですヨw

この時の2位争いでの、ジルとアルヌーの最終周回まで続いた抜きつ抜かれつの攻防は、当時大いにファンを盛り上がらせた一方、

「順位が大方決まっている状態なのに、あんなにハードな接近戦はリスクが高過ぎる!」

と、批判を浴びせる人たちもいたそうです。。


そんな連中に、前年度のチャンピオンでベテランの域に入ったマリオ・アンドレッティが、イケてるコメントをしました。

「若いライオン(ジルとルネのことねw)同士が、じゃれあっているだけだろ(笑)」

(解説 ファンが喜んでるのに、つまんねーことグタグタ言うんじゃねーwあほ! という意味があります)

この件はそのまんま、自転車レースを題材にした【シャカリキ!】という漫画のクライマックスで、作者が敬意を持って再現していますヨ。

この漫画、ワタクシは、ちょー大好きですヨ!!




ハナシが逸れまくりましたが、タイトルの「あと、2つ」とは何ぞね??w


おー、そりはナ、

今回紹介した、F1-86を手に入れたことによって、ワタクシのフェラーリF1コレクションが、あと2台でパーフェクトになる
(フェラーリが創設されてからの、1948~2012年の間にフェラーリが作ったF1マシンが全て揃う!)
ということなのですヨ。

欠けているのは、フェラーリ初のF1マシンとされる

1948年型 125F1

と、

1973年型 312B3

の2台なのですw

これらは、今年中には日本でも発売になる予定があります!w


ふははは!


全部揃ったら、このブログで見せびらかしてやるゼ!!w

多分その頃には、我らがエース=アロンソが、F138でチャンピオンを決めていることだろうナ!!w

あはははは!!
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# by roran | 2013-03-01 06:05 | ザツダン

ブルースカイブルー

おー!

ワタクシが、F1GPのニキ・ラウダやジェイムズ・ハントの伝説に熱くなっていた小学高学年の頃!

日本国内でのヒーローといえば、ヒデキしかいねーかたものですヨ!

西城秀樹 
ブルースカイブルー

ワタクシが、初めて買ったレコードは、これでしたヨ!

この歌は、不倫を連想させる歌詞なのですけど当時のワタクシには、余りにもハードルが高過ぎていますヨw

でも、ヒデキはかっこ良かったものですヨ!

作詞の阿久悠サンも、尊敬いたしておりますですヨ。



実は、ワタクシの筆おろしのお相手は、バブル経済の頃名を馳せたフジTVのアナウンサー田丸みすずサン似の人妻でしたwww

あちゃー、もんしろサン、
ちょー、やべーかたのですナW

今だから笑って話せるお話ですよナWWW
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# by roran | 2013-02-24 06:29 | ザツダン

Tell Me Tell Me RAINBOW

おー!

大好きなKARAの姉妹グループ

RAINBOW

の、新曲ですヨ!


KARAのMVには、スポーツカーが登場しますけど、
RAINBOWの方は、スポーツバイクなの??ww
日本語版の【MACH】とかww


バラエティー番組【青春不敗2】で、おバカキャラだったウリちゃんが、イメチェンして可愛くなったw

ウリちゃんとは、公衆電話かけてる娘ねw


難攻不落の少女時代が活動を終えているので、なんとか、ミュージックバンクで1位を獲って欲しいものですヨ。



日本にも来てネw
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# by roran | 2013-02-14 03:44 | ザツダン

ビアンチ!

おー!

今日は先月末、馴染みのwebショップでsale品で購入したミニカーの紹介ですヨ。
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スパークモデル1/43 BRM P57 '65第3戦ベルギーGP12位 ルシアン・ビアンキ

赤くて27番なので、ティフォシなら即反応しちゃうところですけど、フェラーリではアリマセンよw

まー、はっきり言って、すげー地味な存在のマシンなのですけど、ワタクシこのマシンのプロポーションがお好きなのですw

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搭載するエンジンは、自家製1,5リッターのBRMV8。

'65年は、1.5リッターエンジンF1の最後の年でしたヨ。

同年の我がフェラーリのマシン158(V8とF12があるゾw)
ワタクシのコレクションより、イタリア・ブルム1/43フェラーリ158 
中央の5台がそうです。
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と比べても、小さく見えるようにデザインされたお尻のかっこよさと、全長に比してロングノーズなプロポーションは、際立ってイケてるでしょw

でも実はこのマシン、2年前のワークスマシンを買い上げていた、イタリアのプライベーターチーム“スクデリア・チェントロ-スド”がスポット参戦したマシンなのです。

この年のBRMワークスは、同じエンジンを積むP261という最新マシンに、グレアム・ヒル&ジャッキー・スチュワートという豪華ラインアップで臨んでいたのでした。

ワタクシ、P261のミニカー持っていませんデシタ。。

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ドライバーのルシアン・ビアンキさんは、ベルギー人なので、自国GPでのスポット参戦ということなのですナ。

ビアンキさんは、F1にはこういう形で'59~'68年に17回出走していますが、優勝はありませんw

彼の経歴で一番有名なのは、やぱ、'68年のルマン24時間レースでの優勝でしょう。

マシンは、ガルフカラーのフォードGT40。

パートナーは、伝説のレーサー=ペドロ・ロドリゲスでした。

あらら、このマシンもミニカー持っていませんヨw

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ウインドシールドに直付けされた、砲弾型のミラーがポイントですヨ。

リヤ周りの造形は、実にナイスバディ!な締まり感ww



ビアンキさんは、優勝した翌年のルマンのテストデイで、アルファロメオ33/3をテスト中に事故死しています。。

この当時の、職人ドライバーの事故死率は高いですよナァ。。。

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アルファ33/3の代わりに、前年のアルファ33/2でマリオ・アンドレッティと組み、デイトナ24時間レースで6位だった時のマシンがこれです。



そして四十数年が過ぎ、

今年のF1最初の合同テストで、フォースインディアのステアリングを獲った、ジュール・ビアンキというフェラーリ若手育成アカデミー所属のドライバーは、ルシアンさんの甥の息子サンなんだそうですヨ。

ワタクシ、「へー」とか思ったデスよw



あと、ビアンキ(ビアンチ)という名前は、イタリア製の自転車メーカーもありますナァ。

ここの自転車は、春にニューモデルが発表される度に、必ず欲しいモデルがある!ww

でも未だに、買っていないwww
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# by roran | 2013-02-10 06:01 | ザツダン

おー!

スカパー!で、KARASIA東京ドームを観て、ますますKARAが大好きになった、もんしろサンですヨw


今日は、web通販で定価の2/3で購入したミニカーの紹介ですヨ。
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スパークモデル外部別注品1/43 ロータス77 開幕戦ブラジルGPリタイヤ ロニー・ピーターソン

おー、このミニカーは最初からJPSタバコのデカールが貼ってありますヨ。

でも、一部位で、気泡があったり欠けがあったりしていますナw

まー、その分お安くなってるのでしょうけどナww
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モデルは、先日記事にしたマリオのロータス77と同年の、一戦(開幕戦)限りのチームメイト、ロニー・ピーターソンのマシンですヨ。

先日の記事にも書きましたが、ロニピーはこの開幕ブラジルで、走らないロータスを見捨てて、古巣になるマーチに移籍してます。

しかし、当時のマーチは、ロータス以下。。

逆に、ロータスは地道に改良を重ね、なんとか現状維持をしてみせます。

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2年後の'78年に、ロータスにカンバックするロニーですけど、その時は、アメリカのグッドイヤーの息の元で、イタリア系アメリカ人のマリオをチャンピオンにするべく、「チームに協力しなさい」というのが絶対条件だったらしいですヨ。

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当時のロニーを語るインタビューで、マリオは、

「あんなに、ゆっくりと英語を話すヤツは初めてだ」

と言っていますヨ。

また、

「オレの、ベストパートナーは、ロニー以外にいないね」

とも言っています。

ファンサービスに長けるマリオらしい発言ですけど、こんなエピソードも残っていたりしますヨ。

当時のジャーナリストのひとりが、ロニーに取材しようとして、彼に近づくためにロニーの趣味である熱帯魚の飼育を付け焼刃で覚えて、彼に近づきました。

そして、熱帯魚の飼育が上手くいかないみたいなこと(ウソの世間話)を交えながらインタビューを完了したのです。

ジャーナリストは、この時点で記事が完成してるので、あとはどうでもよかったらしいのですが、それから数戦の後、たまたまパドックでロニーと鉢合わせた彼は、一生の後悔を覚えるのです。


「やあ、この間はどうも。君に渡したいものがあるんだ。この餌を食べさせてみるといいかもね」

そう言ってロニーは、わざわざ自身のモーターホームまで戻り、熱帯魚の餌を取って来てジャーナリストに手渡ししたのだそうです。

特に親しい訳でもない、ただ取材する側である自分の、嘘で飼ってもいないペットに対して、こんなに真摯に対応してくれるロニーに彼は、胸が痛かったんだそうです。
アタリマエだよナ。
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モデルは、ロニーのお馴染みのヘルメットの黄色いバイザーの塗装が酷いので、そのうち修正してあげますカ。。





尚、'76年は、初めて日本でF1GPが開かれた年でもありました。

レースで大火傷を負って、生死の境を彷徨いながら、復活を果たしたニキ・ラウダの伝説もこの年です。

そのラウダと戦って、日本でチャンピオンを決めたのがジェイムズ・ハントでした。

また、歴史に残る珍車、6輪タイレル(今で言うティレル)の登場もありました。

現代のF1のそれより、はるかに巨大なエンジン真上のインダクションポッドが流行ったものの、すぐにレギュレーションで大きさが制限されたりもしています。

そんなシーズンを、ワタクシのコレクションで一気見してみましょうw

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シーズン開幕直後の我がフェラーリは、前年の312Tを使用。

#1がラウダ、2がクレイ・レガッツォーニ。
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第4戦スペインGPから登場の312T2。

ワタクシのF1原点は、このマシン312T2ですヨ!

当時9才の、ちょーちょー可愛いオレww
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そして、シックスホイーラーたち。

ドライバーは、#3がジョディー・シェクター、4がパトリック・デュパイエ。
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チャンピオンのハントのマクラーレンM23と、ロータスを飛び出したロニーのマシン、マーチ761。
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これでもかっ!な空気吸入口のリジェJS5のドライバーは、フレンチのジャック・ラフィー。

ドライバーフィギュアが無いけど、黒いロータス77は、日本GPを制したマリオのマシン。


おー、ショーケースから出すのが面倒なので、そのまま撮っちゃったですヨww

軽く、自慢もしてるのは勿論のことですヨ!ww
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# by roran | 2013-02-04 03:50